南高橋と両国橋のステキな関係 南高橋 ③

前回まで南高橋の歴史的側面を見てきました。

今回は南高橋の謎に迫るために、改めて南高橋の構造を詳しく見てみましょう。

南高橋を横から見た画像。

まず、橋を横から眺めてみると、直線的な鋼材が美しく並んでいるのが目につくのではないでしょうか。

橋の道路面の上、両側に鉄骨を四角く組んだ中に斜め材を入れたN字型のものを連続させて、これを橋の上で横に渡した梁でつないで、さらに斜めに補強材を入ります。

このような三角形を連続させる構造をトラスと呼び、トラスを組み合わせて造る構造の橋をトラス橋と呼んでいます。

よく見ると、橋のそこここに、細かなトラスが至る所に組み込まれているのが分かります。

これは、人や車の通行で橋桁にかかる重量を、橋の両側面に設けた巨大なトラスで支えているのです。

このように、南高橋は全体が鋼で出来ていますので鋼トラス橋に分類できます。

トラス橋は木やほかの金属でも造られる例がありますが、我が国では鋼製が主流となっています。

鋼トラス橋には、少ない鉄材で大きな橋が造れること、鉄の量が少ないので軽い橋が造れること、また橋の強度計算がしやすいといった利点があります。

南高橋では強度を増すために側面のトラス上端をゆるい曲線にしたことで、橋の印象が優美なものになりました。

再び橋を横から、今度は橋桁付近を見てみましょう。

そこには、端に丸い環のついた大きな部材(アイバー)が連続して鋲で留められているのが見えます。

これがピンと呼ばれるもので、つなぎ目が上下に動く蝶つがいの役割を果たしています。

この構造によって、橋に架かった重量を分散されて橋が傷むのを防いでいるのです。

このような特徴を持つ南高橋は、鋼プットピントラス橋とよばれる形式をもっています。

この形式の橋は19世紀のアメリカで多く用いられたもので、明治時代には日本で架けられた橋に多く見られるタイプです。

ここまで南高橋の構造を具体的に見てきました。

南高橋の特徴は、史料に残された明治37年(1904)架橋の両国橋とほぼ完全に重なっていることから、橋桁の床材が木から変更したことを除いて、旧両国橋を一回り小さく造ったことが分かります。

このことは費用と工事期間を抑える建設時の目的にかなったものです。

「両国橋」(『東京風景』小川一真出版部 明治44年 国会図書館デジタルコレクション)の画像。
「両国橋」『東京風景』小川一真出版部 明治44年 国会図書館デジタルコレクション

まとめると、たまたま造る橋と旧両国橋の中央径間との長さが合っていたこと、そして旧両国橋の中央径間の部材がたまたま良好な状態で残っていたこと、という二つの偶然のおかげで新しく南高橋をかけるのに旧両国橋の一部を転用するというアイデアを実現させることができたことが分かります。

だからといって、これほど規模の橋をタイミングよく転用できるものでしょうか?

実はこのアイデアが実現するためには、さらに奇跡ともいえるいくつかの偶然が必要でした。

次回ではこの偶然をみるために、関東大震災発生前の両国橋に目を転じましょう。

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