高畑勲監督
もうずいぶん前のことになりますが、私の住む町に高畑勲監督が講演に来てくれたことがありました。
講演の内容は、相棒の宮崎駿監督と『となりのトトロ』のことばかり。
『パンダコパンダ』『アルプスの少女ハイジ』にも話は及びましたが、私が一番聞きたかったことは、残念ながらさっぱり出てきませんでした。
講演は大盛況のうちに終わったのですが、私の中ではモヤモヤがとれることはありません。
私がぜひとも聞いてみたかったのは、高畑勲監督の実写作品『柳川堀割物語』について。
作品のテーマについてぜひ聴いてみたいと思っていましたが、頭の中で質問がまとまらなかったのです。
『柳川堀割物語』
ここで、この作品の概容をみてみましょう。
この作品は、「水郷 柳川」復活の物語です。
前半は、堀割の成立した経緯、果たしてきた役割などを、アニメーションを交えて説明しています。
しかし、この柳川と堀割に危機が訪れました。
これを打ち破った広松伝の奮闘、そして広がる人々の輪が、柳川の堀割のみならず町そのものを再生していった姿をみごとに描き出しているのです。
高畑監督は「堀割の記憶」が堀割を復活させ、人々のつながりを再生する原動力になったと結論付けていました。
作品再見
この文章を書くにあたって、あらためて『柳川堀割物語』を約30年ぶりに見返しました。
あらためて堀割と寄り添う暮らしの魅力を満喫しつつも、ここに大きな不満が。
柳川の英雄・立花宗茂が出てこない!
そこで今回は、高畑監督にならって、柳川の成立から町の歴史を、この町の領主だった立花家を中心にみていきたいと思います。
柳川の魅力
ここでまず、現在の柳川の魅力をみてみましょう。
柳川といえば、詩人北原白秋のふるさととしても知られています。
白秋の生家は、柳川唯一の造り酒屋。
建物は今も当時のまま大切に保存されて、白秋が詠った情景を私たちに伝えてくれています。
柳川の領主、立花家の邸宅「お花」もまた柳川市民の誇りです。
現在も立花家が料亭として運営しており、江戸時代から変わらぬ美しい景観を守っています。
やはり、柳川を象徴するのは堀割でしょう。
町と周囲に網目のように張り巡らされた数えきれないくらいの水路群は、まさに「水郷」。
柳川の人々が護り伝えてきた景観は、四季折々に美しい姿を見せて訪れる人の心を和ませてくれるのです。
ここまで高畑勲監督と『柳川堀割物語』を入り口として、柳川の魅力をみてきました。
次回は、柳川とはどういうところなのか、柳川を含む筑後平野南部について、地理的環境を中心にみてみましょう。
なお柳川は、簗川・梁川・梁河・柳河などさまざま形で表記されています。
このままだとややこしくなるので、文献を引用するときは原文に準じるものの、本文では「柳川」の表記で統一しますのでご承知ください。
《今回の記事は、柳川市と柳川市観光協会のWebサイトを参考に執筆しました。》
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