ハマスホイ展を見に行ってきました (後編)

前回は、ハマスホイ誕生までのデンマーク画壇を見てきました。

今回は、いよいよハマスホイ作品との対面です!

そして私が見たハマスホイの作品には、なんとも形容しがたい、魔力のような魅力があったのです!

≪2020年10月29日追記≫今思うと、ハマスホイの描く寂しく色彩のない景色は、まさにコロナ禍の街の景色だ!と思います。

あるいは、アフタ―コロナ・ウィズコロナの世界って、こんな感じなのかもしれません。

ハマスホイ展 目次ハマスホイ展を見に行ってきました前編後編

いよいよハマスホイの作品、これまでの作品で期待が極度に高まってきました。

最初の作品「自画像」は、内面の描写にこだわり過ぎたのか、力みかえった印象をうける仕上がりに、若者らしい作品だと、ほほえましく思いました。

奥さんの肖像画は、奥さんのかわいらしくステキなところが伝わってくる作品です。

でも、ハマスホイさんは本当に奥さんラブなのか!?と、不思議な気分になったのでした。

この気持ちは、のちの作品でよみがえってくることになります。

ハマスホイ展開催中の東京都美術館の画像
【ハマスホイ展開催中の東京都美術館】

「夜の室内、画家の母と妻」は、当時婚約者だった奥さんが遊びに来た時に描いたそうですが・・・視線を合わせないだけでなく、お互いに無関心?それでいて独特の緊張感がつらく、見続けることができない作品です。

なぜこの絵を描いた?と不思議に思えてくる作品なのです。

          ☆    ☆

「三人の若い女性」も同じように不思議な作品です。

画面は静寂そのもの、お互いに無関心な様なのを見て、私はハシビロコウを思い出したのでした。

ハマスホイ展の館内案内の画像。
ハマスホイ展の会場案内

「室内」は これまた不思議な絵です。

女性の後ろ姿といい、鏡や机といい、壁といい全体がセピアがかって淡く、どこか幻のように見えます。

しかし手前の机はテーブルクロスの折り目までがしっかりリアルに描かれています。

そして女性のうなじがなぜか強く目に飛び込んでくるのです!

見ていると、絵の中に、現実と幻、あるいは現在と過去が混ざりあったような空間を目にしているような感覚がしてくるのでした。

この画面にある音のない世界は、記憶の中のイメージを形にした、といえばピッタリくるかもしれません。

          ☆   ☆

「背を向けた若い女性のいる室内」は、ポスターにもなっている彼の代表作、この作品も日常の一コマを切り取ったような光景を描いています。

ピアノやパンチボウル(ロイヤルコペンハーゲン製)はものすごくリアル、なのに少し粗いタッチで描かれた壁面は色彩を失ったかのように見えるのです。

女性の柔らかな線と室内調度の直線が対照的で独特のリズムと空間の広がりを作り出しているのですが、この作品も女性のうなじについつい目がいってしまいます。

さらに、この作品をじっくり見ると気になる点がいくつか出てきます。

まず、ピアノの脚が見えないので宙に浮いているように見えること。

女性がなぜ銀盆を持っているのかよく分からないこと、そしてピアノの上に不自然に置かれたパンチボウルの存在です。

きっと計算しつくした構図なのでしょうが、よく見ると何か不自然に思えて仕方がありません。

しかし画面全体を支配するとてつもない静けさが、細かな不自然さを覆い隠してしまいます。

私はなぜだか心が動きまくって、これは間違いなく素晴らしい絵だと思ったのでした。

ハマスホイ展の撮影用パネルの画像。
【ハマスホイ展の撮影用パネル】

最後の壁面に、誰もいない部屋の絵が続きます。

ものすごい静けさの中に、穏やかな光がさして、部屋を素敵に彩っていました。

それぞれの部屋の歴史や、かつての暮らしが刻まれたかのようにも見えますが、小ざっぱりした室内に現在の生活をにおわせるものはありません。

例えていうならば、「幸福な静寂」とか「幸せな暮しの思い出」とか タイトルをつけたい感じです。

うちの奥さん曰く「不動産の広告にいいかも」、確かにその通りです。

         ☆   ☆

ハマスホイの作品をみた感想は、この人には情熱はあるのだろうか?という疑問に変わります。

作品はいずれもこの上ない静寂が支配する世界に穏やかな光が差していますし、対象への思い入れとか愛情とかいう温度をあまり感じません。

年譜には、「ホイッスラーに会おうとしたが諦めた」とか、「母を連れてエッフェル塔に行ったが、あまりの混雑に諦めた」など、およそ画家らしくないエピソードの数々が記されています。

そして彼の描いた女性群像では、お互いに関心が無いように見えたのですが、じつは彼自身が対象に関心があるのかさえ疑問がわいてきます。

そういえば、新婚旅行時の夫婦の肖像画で、彼の目は死んでいるようにも、こことは違う彼方の世界を見ているようにも見えました。さすがに関心が全くなければ描かないのでしょうが・・・。

さらに、病気の奥さんをリアルに描いた作品に至っては、ハマスホイが愛情で描いたものではないことを雄弁に物語っているのです。

しかしその一方で、彼の描く静寂な世界は、見ていてなぜか心が落ち着くんですよね。

中間色だけの画面、ほとんど物のない片付いた部屋、穏やかな光、何故だか快適で心がほっこりしちゃうんです。

でもこれって、ひょっとしたら描く人やモノたちを突き放して冷徹な目で見てるから? そんな疑いを抱いてしまうのです!

もしかすると、この距離感が色彩や何もない景色とあいまって、心に響くのかもしれない、そう私には思えてきたのです。

例えるならば、自分の子供のころの記憶、死んだじいちゃんやばあちゃんとの思い出を脳内再生してるような感じ、というのが近いでしょうか。

こう考えると、ハマスホイの作品は、見る人の幸せな記憶に働きかける力があるのかもしれません。

つまり、ハマスホイの作品は、確かに見る人が幸せを感じることができる、 すばらしいものといえるでしょう。

展覧会ショップの紙袋の画像。
【展覧会ショップのグッズを入れる袋も中間色です。】

「ハマスホイとデンマーク絵画展」は東京・上野公園の東京都美術館で2020年3月26日(木)まで開催されています。

みなさんも一度、ハマスホイの不思議な世界を体験してください。

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