牧四郎急逝【勝山藩小笠原家編(福井県)㊴】

前回は小笠原子爵家と血縁関係にあった若尾家の凋落をみてきました。

そこで今回は、牧四郎の死とその妻・富喜の小笠原子爵家を守る戦いをみてみましょう。

小笠原子爵家への影響

若尾逸平と幾造の兄弟が一代で築き上げた途方もない資産も、反動恐慌、震災恐慌、昭和恐慌と続いた危機に、「若尾財閥」は崩壊しました。

いっぽう、この若尾家と親族関係を結んだ小笠原子爵家へと目を転じてみると、もろにその影響を受けているのがわかります。

長育・勁一の時代には、大きな支援があったために政治や華族社会で活躍できましたが、これを継いだ牧四郎は目立った活動は行いませんでした。

それどころか、関東大震災後は横浜若尾家の邸宅に同居していることからみて、もはや独立した邸宅を構える経費も出せなかったのでしょう。

若尾謹之助(『山梨県肖像録』博進社 編集・発行、1927国立国会図書館デジタルコレクション)の画像。
【若尾謹之助『山梨県肖像録』博進社 編集・発行、1927国立国会図書館デジタルコレクション  若尾本家「最後の」当主。】

牧四郎急逝と後継問題

そして、『朝日新聞』東京版朝刊大正14年(1925)12月1日に掲載された死亡告知によると、芝区芝公園11ノ7の邸宅で牧四郎は大正14年(1925)11月30日午前零時35分に死去してしまうのです。

牧四郎の葬儀は芝公園自宅で行われ、浅草海禅寺に葬られました。

浅草海禅寺の画像。
【松尾小笠原家の菩提寺、浅草海禅寺】

ここで問題になるのが、小笠原子爵家の後継です。

牧四郎の弟たちは養子に出ていましたし、女子たちも他家に嫁いでいました。

しかるべき家柄の養子を迎えることも考えられましたが、残された妻の富喜は思い切った手を打ったのです。

それは、1歳にも満たない赤子の長定に襲爵させるというものでした。

小笠原長定(ながさだ)は小笠原牧四郎子爵の長男として大正14年(1925)1月29日に生まれたなかり。

そうなると、長定が成人するまでの長い間、女当主として富貴が小笠原子爵家を守ることになるのです。

こうして赤子の長定が12月28日に襲爵しました。

富喜、実家を頼る

こうして牧四郎が33歳の若さで没すると、妻の富喜は2歳の長女恵美と襲爵した赤ん坊の長男・長定を抱えて暮らすことになります。

もはや若尾家の凋落も誰の目にも明らかで、頼ることはできません。

そこで富喜は、実家の越前国大野藩土井子爵家をたよって牛込区袋町の邸宅へと移ります。

大野土井子爵家は、父の利剛と跡を継いだ兄の利康が相次いで亡くなりましたが、母で夫牧四郎の叔母・麗子はまだ健在でした。

そこで富喜は、当主となった弟の利章のもとで子供たちを育成することに全力を注ぐことになったのです。

土井利章(『貴族院要覧 昭和21年12月増訂-丙』貴族院事務局-編集・発行1947、国立国会図書館デジタルコレクション)の画像。
【土井利章『貴族院要覧 昭和21年12月増訂-丙』貴族院事務局-編集・発行1947、国立国会図書館デジタルコレクション】

越前国大野藩土井子爵家

ここで、富貴が頼った越前国大野藩土井子爵家と土井利章についてみてみましょう。

土井子爵家の旧領は、越前国大野郡大野で小笠原家勝山藩とはお隣同士の間柄、江戸時代から親交があったのはいうまでもありません。

じつは、大野藩の歴史も勝山藩と似たところが多く、藩財政が火の車だったところも同じでした。

そんななか、富喜の曽祖父にあたる利忠が文化12年(1815)藩主に就任すると、藩政改革に取り組んだのです。

人材登用、財政整理、軍制改革、産業振興と、ここまでは多くの藩で行われた改革でも見られるものでした。

これに加えて利忠は、医術の普及や蝦夷地開拓に成功してその名を全国に知らしめたのです。

土井利忠『福井県史 第二冊』福井県-編集・発行、1922、国立国会図書館デジタルコレクション
【 土井利忠『福井県史 第二冊』福井県-編集・発行、1922、国立国会図書館デジタルコレクション】

「商い」の藩

さらに強烈なのが、利忠が登用した内山七郎右衛門良休の献策で、藩店「大野屋」を開設したことでしょう。

「藩債返還の方法は「商」のほかなし」と、生糸や絹織物といった領内産物を増産・販売に成功し、みごと負債を完済したのです。

利忠の開拓者魂を受け継いだのか、続く利恒、富喜の父・利剛、兄の利康は資産を増やして、大正5年(1916)には土井子爵家の資産は80万円と、中規模の資産家華族となっていました。

今回は、牧四郎の死とその妻・富喜の小笠原子爵家を守る戦いをみてきました。

幼子たちを抱えながら女当主として奮闘する富喜には、実家の土井子爵家にたよるほか道はなかったのです。

次回は、小笠原子爵家の終焉をみてみましょう。

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