鳥蔵柳浅の古典落語を歩く、今回は前回に続いて「富久」。
元々、久蔵の住まいは浅草安部川町、先は横山町田丸屋で始まったとみられる「富久」。
![日本橋橋本町の画像。](http://tokotokotorikura.com/wp-content/uploads/2019/06/富久② 日本橋橋本町-2-1024x768.jpg)
しかし、田丸屋をさらに大店にしたかったのか、はたまた久蔵の走る距離を伸ばしたかったのか、田丸屋の在所が橋本町(現 中央区日本橋橋本町)や日本橋室町(同じく 日本橋室町)、さらには、本石町(同じく日本橋本石町)に代える噺も出てきます。
![歌川国政四代『東京名所室町三井富士遠望』(明治7年(1875))の画像。](http://tokotokotorikura.com/wp-content/uploads/2019/06/歌川国政四代「東京名所室町三井富士遠望」M7足立区フリー-1024x682.jpg)
久蔵が走った少しあとですが、通りの人々や町の雰囲気がよく分かります。】
![日本橋室町の画像。](http://tokotokotorikura.com/wp-content/uploads/2019/06/富久② 日本橋室町北から-2-1024x768.jpg)
COREDO室町などの高層ビルが林立しています。】
当時の日本の商業の中心でもある日本橋室町にある大店と言えば田丸屋はよほどの大身になります。
その東隣町の日本橋橋本町でもなかなかのもの。
![日本銀行の画像。](http://tokotokotorikura.com/wp-content/uploads/2019/06/富久② 本石町日本銀行-1-1024x701.jpg)
ここはかつての金座、江戸の金融センターでした。】
![日本銀行裏手の画像。](http://tokotokotorikura.com/wp-content/uploads/2019/06/富久② 本石町日本銀行裏手-1-1024x768.jpg)
本石町は、もともと穀物関連の店が集まっていたことからその名が付きました。神田に新石町ができたので、「本」のが付きました。ちなみに、石は穀の字から転じたものですが、「石高」など穀物の度量の石と合わせてこの名が広く知られるようになりました。】
これが、本石町ともなればもう、日本を代表する大店にもなりかねません。
なにせ本石町は金座(後の日本銀行)のある町、町の名の由来となった穀物(=石)問屋から始まって、当時は金融センターの役割を果たしていたところです。
![常盤小学校の画像。](http://tokotokotorikura.com/wp-content/uploads/2019/06/富久② 本石町常盤小-1024x645.jpg)
設定を変えたことで、横山町から本石町まで約1.2㎞が追加され、久蔵の走る距離は片道1.8㎞から3㎞まで伸びた勘定になります。
「富久」に新たな息吹を吹き込んだのは、五代目古今亭志ん生、久蔵の人間性まで変えてしまいます。
それまでの実直な性格(幇間がそれでいいのかは別として)から、どこか一癖あるふてぶてしい人物として表現されていきます。
道行は少ししか出てきませんが、田丸屋に向かう途中も「それにしても寒いな」などと不平を言うところはさすがです。
![葛飾北斎『名所江戸百景 金杉橋芝浦』の画像。](http://tokotokotorikura.com/wp-content/uploads/2019/06/葛飾北斎 名所江戸百景「金杉橋芝浦」パブリック.jpg)
五代目志ん生が一番変えたのは、それぞれの在所。
田丸屋は横山町のはるか南、芝金杉(現 港区金杉1・2丁目)に約5㎞も移しちゃってます。
ついでに久蔵の住まいも安部川町から浅草三間町に700mほど北東に移しています。
![かつての浅草三間町の駒形橋袂の画像。](http://tokotokotorikura.com/wp-content/uploads/2019/06/富久② スカイツリーと駒形橋-1024x768.jpg)
駒形橋袂は、工事もしていますが、鉄骨や石組みはオブジェです。】
![江戸通り(蔵前付近)の画像。](http://tokotokotorikura.com/wp-content/uploads/2019/06/富久② 浅草三間町から江戸通り南を望む-4-1024x768.jpg)
![舟和本店の画像。](http://tokotokotorikura.com/wp-content/uploads/2019/06/富久② 浅草三間町舟和本店-1024x768.jpg)
![かつての浅草三間町の路地の画像。](http://tokotokotorikura.com/wp-content/uploads/2019/06/富久② 浅草三間町路地-2-1024x768.jpg)
現在の浅草通の前進道路北側にも広がっていましたが、道路拡張により消滅しちゃいました。
裏通りに入ると、現在でもいくつかの路地が残っていてほっとする感じです。
浅草にも近く、裏路地には久蔵のような芸人が住んでいるような雰囲気が垣間見えるようです。】
これで久蔵の走る距離はおよそ7.5㎞、人込みをかき分け往来を避けながらの距離としては、殺人的ともいえる距離です。
![かつての日本橋竃河岸の画像。](http://tokotokotorikura.com/wp-content/uploads/2019/06/富久② 日本橋竃河岸①-1024x768.jpg)
![かつての竃河岸にある老舗「浜の院」と「今半」の画像。](http://tokotokotorikura.com/wp-content/uploads/2019/06/富久② 日本橋竃河岸 今半-1024x768.jpg)
![日本橋室町に残る路地の画像。](http://tokotokotorikura.com/wp-content/uploads/2019/06/富久② 日本橋室町路地-1-1024x768.jpg)
その後、芝という設定は残しながらも、さすがに長すぎると感じたのか、久蔵の住まいを日本橋竃(へっつい)河岸(現 中央区人形町二丁目)や日本橋室町裏(同じく日本橋室町1~4丁目)に移すものも出てきます。
これだと久蔵が走る距離は約5㎞、それでも十分すぎる長さです。
![歌川広重『名所江戸百景 日本橋通一丁目略図』(安政5年)の画像。](http://tokotokotorikura.com/wp-content/uploads/2019/06/歌川広重「名所江戸百景-日本橋通一丁目略図」安政5足立区フリー-2-683x1024.jpg)
こんな中を久蔵は駆け抜けたのでしょう。 】
前編でも書きましたが、約一日で久蔵は三回、同じ道をたどっているので、それぞれの設定で距離を三倍になるわけですから、現実味が変わってきます。
しかし、22.5㎞を駆けさせる五代目志ん生が只者ではない点はよくわかります。
![鳥越神社社叢の画像。](http://tokotokotorikura.com/wp-content/uploads/2019/06/富久 鳥越神社の杜-1024x768.jpg)
神社が緩やかな丘の上にあることから、社叢が遠くから見えたそうです。】
最後に、個人的な感慨を述べておきたいと思います。
噺の後半で田丸屋からの帰り道は、夜でしかも住まい辺りが火事という状況となっていました。
幕末ですと、鳥越の社叢は今よりも深く、蔵前との境には天文台の小山があります。
これが火事で赤黒く焼けた空を背景に、黒々と横たわっている光景を想像すると、不気味さにぞっとするような感じだったと思うのです。
これを見た久蔵の受けた大きな衝撃に、焦りと絶望がないまぜになって、地獄の淵にでもいるような気分になったのではないかと私は想像するのでした。
少なくとも、自宅がもらい火に会った時、自分はそう感じたのを思い出したのでした。
だから、久蔵の家は浅草にほど近い安部川町、田丸屋はちょっと遠いくらいの横山町あたりがちょうどよいのでは、と私は思うのです。
今回は触れられませんでしたが、富札もまた江戸の名物。
火事と合わせて見どころ満載の古典落語「富久」の世界をみなさんも味わってみませんか?
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