柳ばし納涼盆おどり いよいよ夏休み!の一大イベント

地域の隠れた魅力をお知らせする鳥蔵柳浅、今回ご紹介するのは柳橋納涼盆おどりです。

柳ばし納涼盆おどりってどんなイベント?

柳ばし納涼盆おどりは、7月第三木曜から土曜の三日間、東京都台東区柳橋一丁目と同二丁目の境界となっている柳橋中央大通りで開催される盆踊りです。

8月後半に開催される柳北おどりとともに、地域の皆さんが心待ちにしている地域の一大イベントです。

盆踊りを楽しむ人たちの画像。
【盆踊りを楽しむ人たち。飛び入りの人たちも踊っています。】

どんな曲を踊るの?

踊る曲は、盆踊り定番の「東京音頭」や「炭坑節」のほか、地域独自の曲「柳橋ブギ」や「育英音頭」など様々な曲がかかります。

振り付けがわからない時は、踊りの輪に入って周りの人に尋ねると気軽に教えてくれると思いますので、踊りたくなったら まずは踊りの輪に飛び込みましょう!

ちなみに盆野どりは二車線の道路を閉鎖して実施しますが、櫓を中心にした即席の広場は東西に長い長方形になっています。

ここに二重の楕円形の踊りの輪を作って みんなで盆踊りを楽しむのです。

そろいの浴衣を着た各町会の女性部の方々が日ごろの練習の成果を見せると会場は華やかな空気に包まれますし、地域の幼稚園児たちが踊ると元気いっぱいの歓声がこだまします。

踊りの輪にはもちろん飛び入り参加も大歓迎、外国人観光客も仕事帰りのビジネスマンも輪に加わって踊りを楽しんでいました。

揃いの浴衣を着て町会婦人部の皆さんが踊る画像。
【揃いの浴衣を着て町会婦人部の皆さんが踊ります。太鼓の演奏は、須賀太鼓の子供たち。】

どんな屋台がありますか?

また、踊り場を挟んで東西に周辺町会などが提供する屋台スペースがあります。

ヨーヨー釣りやスーパーボールすくい、的あてや輪投げなどの人気アトラクションや、かき氷や焼きそば、わたあめ、ラムネなどの飲食の屋台、合わせて十数軒が並びます。

子供たちがヨーヨー釣りを楽しんでいます。
【夏のお祭りの定番、ヨーヨー釣りです。】

驚くのはその価格、町会が提供するだけに超格安で、100円を中心に子供たちでも買いやすい価格が設定されています。

人気なのは、名物の浅三焼きそば、なんと100円!!

ほかにもシロップかけ放題の須賀睦かき氷、自分で作れる柳橋町会のわたあめ、元蔵町会の的あてなどには長い行列ができていました。

花火ブースで手持ち花火を楽しむ子供たち。
【花火ブースで手持ち花火を楽しむ子供たち。】

また変わったものに、手持ち花火体験があります。

都会では花火ができる場所がすっかり無くなっていまい、手持ち花火をしたことがない子供が増えているとか。

なかには火が怖くて花火を持てない子供もいるそうです。

そんな中、ここでは気兼ねなく手持ち花火ができる貴重な場として人気を博していました。

お祭りは最後に行われる大抽選会で大いに盛り上がってあと、フィナーレとなります。

柳ばし納涼盆おどりの豆知識

では柳ばし納涼盆おどりの歴史紹介を兼ねて、地域の先輩方からお聞きした二つの逸話をお届けしましょう。

盆踊りする人たちと、それを眺める外国人旅行客の女性4人。
【柳ばし納涼盆おどりには、たまたま出くわした外国人旅行客も興味津々です。】

柳ばし納涼盆おどり誕生の秘密

一つ目は、柳ばし納涼盆おどりができたころのお話です。

柳橋は第二次世界大戦下の東京再空襲で、ほぼ全域が焼失していまいました。

戦災復興に当たっては、町をより機能的に改造する都市計画を策定して町を造りなおすのが東京では一般的でした。

しかし、ここ柳橋に限っては、空襲前の町のまま復興させる一風変わった計画を立てて復興を行ったのです。

これは、柳橋が花柳界として繁栄していた土地柄でしたので、町の雰囲気を残すためであったと言われています。

しかし、これにより地域には行事などを行う広場空間がないという問題に直面します。

戦後復興のさなか、とりあえず柳橋でも日立病院(現在の東商センター)付近で盆踊りが開催されることとなったものの、すぐに手狭となってしました。

そこで町会幹部は大いに頭をひねり、神社のお祭りの際に柳橋で道幅が最も広い柳橋大通りを通行止めにして臨時の広場を設ける方法を踏襲して地域の行事に用いる案を打ち出します。

当初は警察などから難色が示されたそうですが、柳橋花柳界が各所に働きかけた結果、道路の使用許可を得ることができたそうです。

たくさんの子供たちで賑わう柳橋納涼盆おどり。
【柳ばし納涼盆おどりは一学期の終わりに重なっています。たくさん訪れた子供たちも夏休み気分いっぱいで大いにお祭りを楽しんでいます。】

柳ばし納涼盆おどり消滅の危機

二つ目は、柳ばし納涼盆おどりが現在の形になったお話です。

高度経済成長の中で柳橋花柳界が衰退しはじめた昭和45年(1970)頃に、盆踊りの騒音や道路の通行止め、自転車の不法駐輪などの問題から、盆踊り開催に反対する声が高まってきます。

そこで当時の柳橋町会長は、盆踊り開催の是非について町民による住民投票を実施することにしました。

町会執行部としては、ここで住民からの盆踊り開催支持を取り付けて諸問題の解決を図ろうと目論んだようです。

しかし、住民投票の結果は予想外に僅差での否決となり、ここに柳橋町会主催の盆踊り大会が消滅してしまいます。

柳ばし納涼盆おどりのポスターの画像。
【柳ばし納涼盆おどりのポスター。柳橋の象徴ともいえる屋形船に柳のモチーフが描かれます。】

ところが一年間の空白を経て、住民から盆踊り復活を望む強い声が上がります。

これを受けて、須賀神社睦会の総代も兼任していた町会長は、柳ばし納涼盆おどりを新たに須賀睦が中心となって有志で行う計画を立てたのです。

関係各位との交渉の結果、大会の準備撤収などの実務をすべて須賀睦が行うことを条件に、盆踊りは再開される運びとなりました。

こうして現在に至るまでの40年以上にわたって、約定を違えることなく須賀睦によって盆踊り大会の準備から撤収までが行われています。

私も体験しましたが、三日に渡っての盆踊り開催後の会場撤収は、酷暑や時ならぬ雨の中もあったりして過酷を極めるものでした。

長年にわたって盆踊りを支えてこられた須賀睦のみなさんには全く頭が下がる思いです。

柳橋納涼盆おどりを訪れたたくさんの人たち。
【今では柳ばし納涼盆おどりにはたくさんの人で賑わいます。地域住民の楽しみになっています。】

みなさんの努力の結果、現在の柳ばし納涼盆おどりは近隣町会が参加する地域の一大イベントにまで発展しています。

住民たちが大切に守り育ててきた夏の風物詩、柳ばし納涼盆おどりをみなさんものぞいてみませんか?

私たちの町では、夏休みの子供たちに向けた様々なイベントが開催されています。

柳橋納涼盆おどりに始まって、浅三防災訓練、みどり会縁日、甚内神社縁日柳北おどり鳥越おかず横丁ミニSL試乗会佐竹サマーフェスタなどなど盛りだくさん、みなさんもぜひ参加してみてください。

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