『隅田川絵巻』という ちょっと変わった絵があります。
全部で四巻、合わせると長さが約60mという途方もない長さ、巻紙に墨と筆で描いた、線だけの作品です。(作品は著作権の関係で画像を掲載できませんでした。)
そのはじまりが白鬚橋、こちらに迫ってくるかのように高くそびえ立つアーチは大迫力です。
実は、私はこの作品を実際に見たことはありません。
ただ、30年くらい前に学校の先輩から、この作品の載った雑誌か何かを見せてもらったのが最初でした。
その時、あまりに衝撃だったことしか覚えていません。
そして10年くらい前にテレビで再度みた時も、やはり言葉を失いました。
何が衝撃的だったのかというと…
線に全く迷いがないのです。
墨で書いたのに下書きもなく、一気に描きあげていると感じました。
そして、画面全体が限りなく透明で、まるで全てが透き通っているかのように見えるのです。
白い紙に墨の線のみ、ボカシも何の技法もない、線だけで作られた世界ですので、影というものが全くありません。
影はいわば存在の証といえますが、それが全くないのです。
光も音も風もない、温度も感じない絶対的な静寂の世界。
正直、私には鳥肌が立つほど恐ろしく、恐怖すら感じる作品なので、怖くて直視できません。
そして今、私は最近の新型コロナ禍での無人の町を連想するのです。
この『隅田川絵巻』を描いたのは、藤牧義夫という版画家です。
彼は1911年生まれの群馬県館林の出身。
幼少の頃から絵画や彫刻に非凡な才能を見せていたそうです。
その後、上京して働きながら独学で版画を学んで、東京の発展と変貌を描いた作品を発表しました。
彼の代表作《赤陽》は、ビルの立ち並ぶ町に、恐ろしげで、それでいて寂しげな夕日の沈む情景を描いた作品で、高い評価を受けています。
さて、彼が画材とした白鬚橋とはどのような橋なのでしょうか?
次回からはその歴史を探ってみましょう。
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