芥川龍之介作品の舞台 鞍掛橋(くらかけばし)①

「電車から落っこってね、鞍掛橋の所で飛び降りをしそくなったもんだから。」「田舎者じゃあるまいし、――気が利かないにも、ほどがあるぜ。だが何だってまた、あんな所で、飛び降りなんぞしたんだろう。」【芥川龍之介『妖婆』より】

「芥川竜之介」(『日本探偵小説全集 第20篇(佐藤春夫、芥川竜之介)』改造社、1929 国立国会図書館デジタルコレクション)の画像。
【芥川龍之介『日本探偵小説全集 第20篇(佐藤春夫、芥川竜之介)』(改造社、1929 国立国会図書館デジタルコレクション)】

この文章は、芥川龍之介『妖婆』の一部で、この作品は主人公の新蔵とお敏の恋路をお島婆が怪しげな術で邪魔する怪奇譚。

新蔵が、彼を助ける友人泰さんに、お島婆の襲撃を語っているのが冒頭のシーンです。

この、鞍掛橋が「あんな所」というのはどういう意味なのか、私は疑問に思っていました。

今回はこの疑問を解消するために、鞍掛橋とはどんな場所の、どのような橋だったのか、調べてみたいと思います。

「両国橋」(『東京名所写真帖』1910頃?国立国会図書館デジタルコレクション)の画像。
【「両国橋」(『東京名所写真帖』1910頃?国立国会図書館デジタルコレクション)の画像。】

手始めに、冒頭のシーンの意味合いをもう少し詳しく知る意味でも、この話のストーリーを見ることにしましょう。

芥川龍之介作『妖婆』は、主人公の新蔵が、我が身に降りかかったこの世の物とも思えぬ体験を芥川に語る形をとっています。

新蔵が語る物語はまず、銀座辺りの呉服屋の若主人・新蔵が奉公人のお敏と好き合う仲になったことから始まります。

ところがある日、このお敏が忽然と消えてしまいました。

手を尽くしても手掛かりさえ得られず困り切った新蔵は、商業学校時代の友人・泰さんに相談すると、神下しの婆に見てもらってはどうか、と提案されます。

さっそく二人は本所一ッ目橋にある神下し婆の家に向かうのですが、そこで出会ったのがなんとあのお敏です。

何とか訳を聞きだすと、神下し婆のお島は神託を聞くのに依り代となる若い娘が必要なのですが、縁あって知ったお敏を監禁してこの役にあてている、というのです。

小林清親「大川端一之橋遠景」明治13年の画像。
【小林清親「大川端一之橋遠景」明治13年】

なんとかお敏を助け出すべく、友人の泰さんの助けを得た新蔵が、恐ろしい妖力を持つお島婆に立ち向かっていく、という怪奇・冒険・ラブロマンスとなっています。

新蔵が泰さんの秘策によってお敏を取り返すために本所一ツ目橋に向かうべく乗った市電で、逆にお島婆の妖術の攻撃によって飛び降りさせられて、危うく貨物自動車に轢かれ、命を落としそうになります。

「それが鞍掛橋の停留所へ一町ばかり手前でしたが、仕合せと通りかかった辻車があったので、ともかくもその車へ這い上がると、まだ血相を変えたまま、東両国へ急がせました。」そうしてようやく泰さんの家にたどり着いて事情を話したのが冒頭のシーンです。

このあと、いよいよ三人が妖術で攻めかかるお島婆と対決することになるのです。

きっとあなたは、手に汗握る展開に、読むのを止めらなくなることでしょう。

月岡芳年「月百姿 孤家月」1890 大英博物館【部分】の画像。
【月岡芳年「月百姿 孤家月」1890 大英博物館〔部分〕】

お島婆って月岡芳年の作品に出てくる老婆のイメージが頭に浮かんできます。

いかにも得体のしれないおどろおどろしい感じがして、お島婆こそがこのお話しの肝なのでしょう。

でも、やはり作品の舞台になった鞍掛橋が気になってしまいます。次回はこの鞍掛橋の歴史を見ていきたいと思います。

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