「江戸ものづくり列伝」に行ってみた③

「第4章 鬼才の陶工・三浦乾也と隅田川のやきもの」は、冒頭の酒井抱一「隅田川窯場図屛風」が見ごたえ十分です。

隅田川ののどかな雰囲気とだるま窯で働く職人の生き生きした様子が手に取るようで、なんだか画面から心地よい風が吹いてくるような風情です。

「浅黄縮地御所解模様小袖」「唐織 亀甲文扇面模様」の画像。
第1章で展示の小袖「浅黄縮地御所解模様小袖」「唐織 亀甲文扇面模様」

見事な焼き物、今戸焼のかわいい人形たちが並んでいるのですが、前章のインパクトが強すぎて頭から離れず、この章はサーッと見るだけになってしまいました。

「第5章 府川一則‐北斎の愛弟子が歩んだ金工の道‐」は府川家三代の近代の歩みをたどるコーナーです。

偉大なる芸術家・葛飾北斎の愛弟子で将来を嘱望された初代が、明治維新によって社会の価値観が劇的に変わる中で居場所を失い、苦闘の末に金工家として再出発した末に有栖川家の庇護を受けてその名声を確立する、という流れが分かり易くコンパクトに展示されています。

二代・三代は初代の確立した名声を腐心して維持する様もいろいろと考えさせられるところです。

「土俵軍配意匠煙草盆」の画像。
「土俵軍配意匠煙草盆」(第2章展示品)

このコーナーは、今まで江戸の職人礼賛だった展示とはがらりとかわっているのを感じます。

このコ-ナーは時代の変化に翻弄される職人の姿を描き出しているのです。

江戸時代以来続いた「粋なもの」には金を惜しまない時代の雰囲気が、文明開化以来の明治中期頃からがらりと変わり、実用性や機能性を供えた合理的なものを求める風にがらりと変わったのが見てとれます。

その中で、才能ある職人が苦悩して行きついたのが宮家だったことに少し悲しい気分になりました。

江戸で花開いた町人文化と尊担い手であった凄腕の職人たちの末裔が、一部の優れた者のみ天皇家や宮家に保護されるというのは、江戸っ子が権威を嫌い自由独歩を何よりも尊んだことを考え合わせると、せつない気分になってきます。

最終章の「第6章 大正昭和に生きた江戸の技‐小林礫斎のミニチュア工芸‐」は、まさに江戸に花開いた「粋」の文化の終焉を見る思いです。

小林礫斎の作品展示コーナーの画像。
小林礫斎の作品展示コーナー。

天才的ともいえる精巧な加工技術を持つ小林礫斎も時代の変化によって居場所が失われていき、結局は「趣味の世界」のミニチュア工芸に行きついたのは、あるいは当然の姿なのかもしれません。

しかし、そんな見方は失礼千万とばかりに、展示されたミニチュア工芸は精巧さを極めたうえに、時に諧謔を含み、時に写実の限界を極めるような逸品ぞろいです。

私にはそれがまた寂しく映ってしまうのです。

会場を出ると、江戸の伝統を受け継いだ現代の匠たちの作品が展示即売されています。

それはそれで素晴らしいのですが、是真や羊遊斎に見られたような狂気すら感じるすごみはもはや求めることはできません。

やはり江戸の超絶技術は絶滅したのです。

裃姿のバルディ伯爵像の画像。
裃姿のバルディ伯爵像

そうか、それでバルディ伯爵コレクションなんだと気づきます。

まさに江戸時代からの伝統が社会の変質によって失われようとするまさにそのタイミングで、バルディ伯爵が来日して爆買いしてくれたおかげで、貴重な逸品が失われずに残ったのです。

偶然に近い形ですが、おかげで今回の展示のように私たちも江戸時代の工芸のすごさをうかがい知ることができるのです。

バルディ伯爵に感謝、感謝です。

江戸は遠くなってしまったなあ、としみじみ痛感した「江戸ものづくり列伝」展。

しかし、かつて江戸に花開いた職人の「粋」の極致を垣間見れる素晴らしい展示でした。

会場入り口横に設けられた顔出しの画像。
会場入り口横には楽しい顔だしもありました。

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